海外デザインブログdesignrfix.comで、最近公開された新しいテクニックを利用した、Photoshopチュートリアル50個をまとめたエントリー「Photoshop CS6 Tutorials: 30+ New Tips and Tricks」が公開されていました。
今回はこちらをベースに、個人的にブックマークしておきたい、2012年4月分のチュートリアルまとめとなります。
どんどん進化するPhotoshopの使い方は、すこしずつテクニックのバージョンアップを定期的に、する必要がありそうですね。
ひとは、自信がないとき、無意識のうちに、自分を後押ししてくれる人に寄っていく。
それは正しい選択だと思う。
自分に批判的な人のそばにいると、無駄な負荷がかかるから。
何事も100%自分の責任と言いたいところだけど、人的環境によって得られる結果は大きく違う。でも、その反面、ひとはどうしようもない生き物で、
結果にたどり着くまでは、まわりの理解・援助に頼るけれど、
自分の希望が通ると、寄り添った人のことを簡単に忘れ、
あたかも自分の力だけで結果を作ったように思い込む。
私だってそうだ。
いま、ここにいることだって、まわりの援助や理解があってのことなのに、
そのことに感謝しながら暮らしているかというと、そうでもない。
適当に思い上がり、適当に自惚れて暮らしているのだ。ひとは互いの恩義を忘れあって生きていく。
それでいいのだと思う。
「おかげさまで」なんて始終言い合っていたら、息苦しくてたまらない。
生まれながらに法隆寺棟梁の座を運命づけられた彼が、小学校の次に進んだのは「農学校」。このとき「工業学校」への進学を勧める父親を説き伏せたおじいさんの論理が凄くて、「宮大工になるには木を知るべき。木を知るには土を知るべき。だから常一は農学校へ行け」という半端じゃないそもそも論。お前はカリグラフィを勉強してからパソコンを作った、スティーブ・ジョブスか!という感じなのだが
半端ない。。。
(via yamato)
金政基 Kim Jung-Gi Site painting SHOW 2011 sketch collection .flv (via superani58)
下書きなし、アタリもとらずにバランスがとれるとは凄すぎる。
ナムコに入社して最初の頃に驚いた事の一つに「映画を見に行った時に映画代を経費で精算できる」という事でした。もちろん業務に関係あるかどうかによるのですが、気になった映画は何度か会社の業務の一つとして見に行った事があります。上司の許可があれば業務時間中に見に行く事もできました。
(なんて変わった会社なんだ、とその時は思いました)
ある時、僕はどうしても見に行っておきたい映画があったので、見たい映画を上司に伝えて、許可をもらってその映画を見に行きました。
映画を見に行った経費精算をするのにその「半券」が必要で上司に精算用紙にハンコを押して貰うのですが、その時の上司が「後ろはちゃんと見た?」とハンコを押しながら僕に尋ねたのです。正直何のことかわからずキョトンとしていると、「映画を見ている時、スクリーンだけじゃなくて、後ろを向いてお客さんの表情を見てみた?っていう事だよ」と言われたのです。
この時、僕は自分が足りなかった大事な視点に気づかされました。
文字通り、映画を見に行ったなら、「後ろを見る」必要があったのです。
その映画に来ているお客様がどんな人か(若いカップル、年配の人、女性のグループ、カップル、男性一人客…)、どんなシーンでどんな反応をしているか…ゲームを作る人がよく陥りがちな事ですが、資料として他社が作ったゲーム等を評価する時にゲームそのもののほうにどうしても注目してしまいます。映像の作りとか、ゲームのルールがどうなっているか、とかそういう事が、開発者目線でいうと気になってしまうのです。
しかしながら、実は本当に大事で、じっくり観察をしなければいけないのは、それを遊んでいるお客様の反応なのではないかと思います。
プロとしてはどんなにすごい技術を使っていても、どんな手間がかかった事をしていても関係なく「お客様の反応が全て」という意識を持つべきだと思います。これはゲームや映画に限らず、エンタテインメント(おもてなし)を生業とする人全てに言える事ではないでしょうか。
先週の金曜日に某企業の社長さんから突然電話が掛かってきました。この社長さんとは全く面識もない初めての方です。社長さんは私の著書である「コラ!中国 いい加減にしろ!」を読んで、感動して?電話をしたそうです。「土曜日にお会いしたい」と半ば強引に会いにこられました。たまたま自宅が隣町の方で車で10分だそうです。
話を聞きますと「7年前に中国青島に合弁会社を作った、給料は当初よりすでに倍になってしまった。合弁相手の中国側が日本側の了解なしに勝手に給料を上げた。理由は人手不足、上げないと辞めるかストに発展してしまう」と言われ我慢しました。
出来上がった製品は全て日本の本社で買っています。このまま際限なく給料が上がっていくということは自社の買取り価格も上がっていくということです。その上 領収書のない出金を問い詰めますと、公安と地方役人への賄賂だと言い張っています。
銀行からの出金は日本側の人間しかできないようになっていますが、毎月の経費としての小口現金は中国側が管理しています。大した額ではありませんが、月の終わりには小銭しか残っていません。中国側が自由にできる小口現金の増額を常に要求され いたしかたなく毎月増額しています。
この状態が続けば数年で貿易コストを含めれば日本で作っている自社製品のコストと変わらなくなってしまいます。そこで早急に中国を脱出して、ミャンマーに日本資本100%の自社工場を造るつもりで準備しています。
ところが中国の法律では合弁会社の資本比率がそのままの発言力や決定権につながらない。重要事項の決定は董事会(役員会)の「全員一致」になっています。中国側の役員は一人で日本側の役員は3人ですが中国側の役員と許可をした役所の了解がなければ工場を閉鎖することは出来ない、そもそも中国には会社を閉鎖できる法律自体が存在しない。ということをあなたの著書『コラ!中国いい加減にしろ』で知りました」と社長は言っていました。
つまり社長の相談とは中国から無事に移転するにはどうすればよいかという話です。
そこで私はハッキリと「無事に工場が移転する方法はありません。工場移転どころか社長自身も中国からの出国が差し止められます」と言いますと 大げさなと言わんばかりの顔でわたくしを見ました。
中国は2008年に全世界の法治国家においては絶対に有り得ない空前絶後の滅茶苦茶な法律「中国民事訴訟法231条」ができました。
この法律の恐ろしいところは「民事訴訟で被告側になった場合、いかなる理由があろうとも、裁判所から下された判決に定められた債務の全額を弁済しない限り、法人の代表者は中国から出国できなくなる」という内容です。しかも、告知も全くされず、ほとんど知られないままに、突然発動されます。
社長は「私は中国側に債務などない、訴訟されることなど有り得ない」と言ったので、あなたは、中国人は詐欺師でありでっちあげ専門であることを知らないのですか?
最近の実例では、ある企業が工場を閉鎖して資金を引き上げることが中国側に察知された途端、全く知らない会社から訴えられました。内容は「売った商品の代金をもらっていない」と訴えられたのです。その金額も信じられないくらいの大金です。
中国の裁判所は民事訴訟法231条を直ぐに適用して「借金を抱えたまま帰国はさせない」と出国を差し止めました。つまり訴えられたお金を払ういがい帰国のすべはありません。
訴えられた会社とは取引は無いし、買った覚えもありません。全くのでっち上げのデタラメです。
中国の弁護士に頼んでも法外な費用請求をされるだけで、勝ち目はありません。日本の中国専門の弁護士に頼んでもダメです。日本の弁護士が勝ったなどあまり聞いたことがありません。
欧米の工場ならこんな国際人権規約に違反する世界でも類を見ない悪法に対しては毅然と中国を批判して、それぞれの自国の国が救ってくれます。中国も世界に報道されると中国に投資する企業がなくなりますので、直ぐに引っ込めます。
日本では外務省や領事館に相談に行ってもなかなか動いてくれません。だから中国人は日本の工場を狙い撃ちします。
(この続きは次回にてこのヤクザもびっくりの悪法「民事訴訟法231条」をもう少し詳しく実例をあげて書くつもりです。)
(出典: nandato)
昔の話。
当時社会人2年生だった兄が自己啓発セミナーとやらに
片足を突っ込んだ。
学生時代の同級生に勧誘されたのが発端。土曜日の夕方。祖父母と母が畑仕事から帰ってくると
兄も出先から帰宅。今からセミナーの申し込みをしたいので
お金を貸してほしい、と言い出した。受講費、宿泊費込みで12万円。母「その本部の名前と場所を教えなさい!」
兄「え?何で?街ン中だけど…」
母「今すぐ乗り込んで話をつける!」
祖母「嫁子、そんな格好のままで…」
祖父「格好なんか構うかっ!嫁子!軽トラ出すから乗ってけ!」農機具小屋で耕運機を仕舞っていた父が登場。
その場を諌めて夕食後に家族会議へ。
538: おさかなくわえた名無しさん:2012/02/19(日) 02:46:10.24 ID:TGqaC4od
会議の結果、兄はほとぼりの冷めるまで軟禁状態にすることに。
兄の旧友達や会社の上司にも事情を話し、協力してもらった。
セミナーからの電話は昼夜問わず名乗らずにかけてくるので「佐藤だけど、スーチーいる?」→兄に取り次ぎ
「タカシくんいますか~?」→呆けた振りを極めた祖父に取り次ぎ対応
「満州で一緒だったよっちゃんかい?なつかしいなぁ」が始まる。スーチーは軟禁状態だった兄の暗号名。セミナーの人物と判別するため。
祖父は行った事のない戦争話を相手が切るまで続け
相手の電話番号を控え、時間を置いて何度もかけ直すという嫌がらせを
楽しそうにやっていた。半年位した頃、夕食時に祖母がポツリと
「タカシはよかったねぇ。タカシのためにたくさんの人が心配して
くれる。よかったねぇ。無くさなくてよかったねぇ」
兄は黙って部屋に戻ってしまったが翌日の顔は
セミナーに嵌る前に戻っていたように思う。完全に切れるまで2年位はかかった。
だまされた人間を現実に引き戻すのは周りの協力と団結が
必要なんだと思い知った出来事でした。
